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    23 October

    こんにゃこゼリーと回転扉

    こんにゃくゼリー、新たに2人死亡 (TBS News i)

    最近お年寄りや小さな子供がのどを詰まらせる事故が相次いで報道されている「こんにゃくゼリー」。
    でもこれってそんなに危険な食べ物なの?
    冷静に考えてみれば、こんにゃくゼリーなどよりお餅の方が、はるかに多くの事故が起きているはず。とくにお正月などはマスコミでも報道されることがある。
    それならばなぜ、こんにゃくゼリーばかりがバッシングされるのか。

    何年か前に六本木ヒルズの回転扉で男の子が挟まれる事故があったが、同じように回転扉なんかより、自動車事故の方がよっぽど件数が多いはずなのだ。にもかかわらずやはり回転扉ばかりが叩かれる。

    こんにゃくゼリーも回転扉も、その危険性を周知するのは大切なことだけれど、やみくもに販売停止や撤去を迫ったりすれば、人間ひとりひとりの本来持つ「自らの危険を自ら回避する」という生物としての本能が退化しかねないのではなかろうか。そんな考えが去来する今日この頃である。

    14 October

    券売機の不思議

    スイカ普及、消える都心の券売機 跡地活用にJR意欲 (asahi.com)

    昨日の「淘汰ネタ」に関連しないでもないお話だけれど、SuiCaやPASMO、ICOCA、ピタっと関西などの非接触ICカードの普及で駅の券売機が減っているよ、というお話。
    この券売機、一昔前は運賃設定の数だけボタンが並んでいた。操作手順も、まず券売機の上に張り出されている運賃表で目的地までの運賃を確認後、券売機に現金を入れてから金額のボタンを押すと切符が出てくるというものだ。
    翻って昨今の券売機は、ほとんどがタッチパネル付きのフルカラー液晶を搭載したものにリプレースされ、ICカードのチャージなどの機能も備えるようになってきた。
    ところが、柔軟性において物理的なボタンをはるかに上回るタッチパネル付き液晶という素晴らしいUIを備えていながら、いまどきの券売機はその利点がほとんど生かされていないように思える。つまり切符を買うときの操作手順がボタン式の時代とまったく変わっていないのだ。

    私だったらタッチスクリーン付き券売機を次のようにデザインすると思う。まず端末の前に立つと画面に路線図が表示される。目的地の印に触れると画面が切り替わり、行き先の確認表示とともに運賃が表示される(小学生以下の場合は「こども」ボタンに触れると料金が半額になる)。もちろんここで「戻る」ボタンに触れて前の路線図の画面に戻ることもできる。
    料金が確定したらはじめて、現金を入れ、切符が出てくるのである。
    一言でいえば、「行き先の料金を調べる」プロセスを券売機に任せられるというところがこの設計のミソである。今実際に駅に並んでいる券売機は、単にボタン式の券売機のインターフェイスをタッチパネルに置き換えただけで、「まずお金を入れて……」といった操作手順はまったく一緒だし、やはり自分で路線図に表示された料金を確認するプロセスは避けて通れない。自分のように目の悪い人にとって、あの高い位置に設置された料金案内というのはけっこう見づらいものなのだ。

    日本人のモノづくりの技術は高いのかもしれないが、それは単にハードウェアとしてのモノづくりの領域の話で、一方それがどのように使われ、どのように人や社会に影響を与えるか、といったソフトウェアやサービスといった部分のアプローチの仕方に関しては、びっくりするほど柔軟性に欠けるように思われる。
    だから、高速な3G通信網を誇りインフラとしては世界最先端を行く日本の携帯電話も、「電話を出目に持つ」という呪縛から逃れられずにいまだに使いづらいテンキーを備えた端末が主流だし、WebやメールもPCとの相互運用性などまったくお構いなしで、PCで見られない「ケータイサイト」や、PCからのメール送信をブロックするメールシステムなどがまかり通っておりガラパゴス化している。
    日本のテクノロジー産業が再び世界で存在感を発揮するためには、まず20世紀の成功体験は一度かなぐり捨て、ゲームのルールが変わったということを認識し、己の視野をこの小さな村社会からワールドワイドに拡げることが急務ではないだろうか。

    13 October

    諸行無常

    近所の写真屋さんが、近々閉店するそうだ。

    IMG_0071 

    考ええてみればいまどきのカメラの大部分はデジタルカメラ。プリントも1万円もしないような民生用のインクジェットプリンタで綺麗に仕上がる時代だ。カメラから取り出したフィルムを町の写真屋さんに持って行って現像してもらう、といった光景はもはや20世紀の思い出話となりつつある。
    写真屋さんも生き残りをかけてデジカメプリントに対応するものの、本来写真というのは極めてプライベートなもの。写真屋さんに持って行って現像してもらうよりも自宅でお手軽にプリントする方がよいという人も多いだろう。
    もっといえば、いまどきは写真を撮っても紙にプリントアウトしないケースの方が多いのではないか。昨今のPCはSDカードスロットを内蔵している機種も多いし、WiiやXbox 360のようなゲーム機も写真表示機能を備えている。さらに最近では、机の上や壁に掛けて写真を表示させて楽しむことに特化した「デジタルフォトフレーム」なる製品がKodakなどの会社から出ており大人気だ。
    写真の使われ方も、家族や気の置けない友人らとささやかに楽しむだけでなく、インターネットを通じて世界中の人と共有して自分を表現したり情報を伝えたりするメディアとしての役割も無視できないご時世だ。

    写真と同じようにデジタル技術やインターネットの台頭によるパラダイムシフトで影響を受ける商売はたくさんあるだろう。
    先日も新聞の勧誘がやってきたけれど、「うちはインターネットでニュース読んでますから新聞は取りません」の一言で追い払った。写真屋さんにせよ新聞屋にせよ、時代に逆らうことはできない。
    彼らが生き残れるかどうかは、自分たちの商売を「フィルムに焼きつけられた写真を現像すること」や、「新聞の記事を書いて印刷して配達すること」という狭い視野でとらえるか、あるいは「地域のお客さんに喜んでもらえるサービスを提供」したり、「世界中で起こっているあらゆるニュースをいち早く消費者に届けること」というもっと広い視野で捉えるか、その選択にかかっていると思う。

    01 October

    日々のメールや電話

    日常業務でメールや電話のやりとりをたくさんしていると、実際の音楽制作の進捗がイマイチでもたくさん仕事をした気になるから恐ろしい。